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こんなとこ、どうやって行けってんだ!? お堂・お庵

黒岩観音堂

沿革・伝承等

天正年間、土佐の長宗我部の阿波侵攻により、戦禍にあってお庵は焼失、その後、北向きに建っていたお庵を南向きに建て替えられたと伝えられている。農免道路が出来る以前の参道は、現在のお堂の北側山麓から登る急な坂道を利用していた。この道は、お堂の敷地西側に沿って農免道路を横切り、南の山の上へと延び、枝分かれして近隣の集落に通じる道であったが、近年、利用する人もなく荒れるにまかせ、草木の生い茂るところとなり、通行できる状態でない。

●建物
明治12年(1879)の『境外堂室・庵室明細帳』によると、桁行3間、梁行2間のお庵であった。当時は、茅葺屋根であったが、昭和の初めに、瓦葺の屋根に改修している。その後、老朽化が進んだため、昭和50年代に取り壊し、境内の北西部に移して建て替えられたのが、現在の宝形造風のお堂である。

●祭祀仏
本尊の馬頭観音菩薩立像は、非常に素朴な一木彫りの仏像である。この仏像は一面二臂で、馬頭観音特有の忿怒の表情はみられず、頭上の馬頭は折り烏帽子に似て、全体が粗削りで、黒一色の木像である。

●環境
国道192号が鉄道と立体交差する美濃田跨線橋近くの農免道路入口から東へ350m程入った道路左側に、小さいお堂がひっそりと建っている。以前は、眼下に吉野川や三好町足代地区が一望できる高台であったが、今は、椿などの木に遮られて眺めはあまりよくない。

行事

古くは、牛馬の守護仏として、広く民衆の信仰を集めていたようであるが、今は、10人の講中によって管理され、お参りに訪れる人も少なく、縁日も行われていない。







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改築前の名称黒岩観音庵
現在の名称黒岩観音堂
所在地徳島県三好郡東みよし町加茂5501
現在の建物面積1.66平方メートル



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