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こんなとこ、どうやって行けってんだ!? お堂・お庵

北山口大師堂

沿革・伝承等

山口谷川を挟んで向うは、旧林閑寺の寺屋敷で7堂の伽藍が建っていた。西に山口城があり、共に天正年間の長宗我部軍の兵火で灰燼に帰した。お大師さんと言えば一般に弘法大師(空海)を言う。昭和59年(1984)春、ご入定1150年で遠忌法会が行われた。また、軒先には半鐘があり、「明治34年国安庄太郎外」(1901)とある。近くの消防庫にあったが倒壊したのでお堂に吊るしたとのことである。

●建物
現在の建物は昭和6年に建てた。以前はナベラの石で囲っていたが、天井の石からのしずくで、下の石に穴が開いていて、長い年歴を語っていた。その石等を下に埋めて現在の建物を建てた。

●祭祀仏
本尊は石造りの弘法大師坐像であり、「天保14年(1844)女講世話人」とある。

●環境
国道192号、江口駅より約500m南へ入り、山口谷川に沿い約100m程のところにある。祖谷山への入口であるので山口と言う。

行事

戦前には霜月(11月)24日を大師衣替えの日と呼び、年1回新しい衣と替える。この夜は、小豆ガユを祀り、家人と共にいただく素朴な習俗があった。だんだんこんな風習がなくなるのは淋しい。松浦家の先祖がおまつりしていたので、今も中心となって、毎月21日に集まってお念仏をあげている。毎月、お金を積み立て、維持費に当てている。







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改築前の名称北山口大師堂
現在の名称北山口大師堂
所在地徳島県三好郡東みよし町中庄山口
現在の建物面積13.20平方メートル



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