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こんなとこ、どうやって行けってんだ!? お堂・お庵

井関薬師堂

沿革・伝承等

『三加茂町史』(昭和48年)によると薬師堂のある所は古い地名を「堂の本」といい、天長年間(824−833)に創立された医王山薬師寺があった場所といわれる。創建当時西庄字市にあったという極楽寺は、この薬師寺と共に永禄年間(1558−69)と天正年間(1573−91)に焼失したため、現在の地に二寺を合わせて寺を建て、正徳二壬辰年二月二十日(1712)八柱神社の西方にあった金剛寺も合併して金剛院極楽寺と称したとある。薬師寺のあった場所にお堂を建立して薬師如来を祀ったのが現在の薬師堂であるといわれる。昔から他の地域に流行病があっても井関のお薬師さんは、南向きで日当たりが良いので、この地区では病気に罹らなかったといわれてきた。

●建物
昔は1間四方程の小さなお堂であったが、昭和30年(1955)3月極楽寺の境内にあった木造瓦葺宝形造りの建物を移築して使用していたが、その後再建して現在に至っている。

●祭祀仏
本尊の薬師如来立像は石造りで、朱で少し色付けした舟形光背と台座が一緒になったもので、年代は不明であるが新しく感じられる。

●環境
極楽寺の山門より約50mの所にあり、東は古墳のある岩神山、西には平野が広がり池田町の山々まで見渡せる、南約200mには西庄池や八柱神社があり、北約150mにはJRや国道192号が通っている。すぐ近くの県道は「条里」に沿う道であった。

行事

毎月10日、20日、末日、7月31日から8月31日まで毎日約20人から25人が当番でお供えをして念仏を唱えている。







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改築前の名称井関薬師堂
現在の名称井関薬師堂
所在地徳島県三好郡東みよし町西庄字井関186
現在の建物面積23.60平方メートル
祭祀仏
(像高(cm)/種別/材質/年代/西暦/備考)
薬師如来立像/20.0cm/本/石/不詳/不詳/
地蔵菩薩立像/45.0cm/合/石/不詳/不詳/
大日如来坐像/10.0cm/合/木/不詳/不詳/



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