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こんなとこ、どうやって行けってんだ!? お堂・お庵

中村薬師庵

沿革・伝承等

金岳秀本という堂守が、構庵と共に管理をしていたが構庵が廃止されて弘法大師像などを本庵へ移している。梵鐘は大正15年(1926)と刻む。

●建物
明治12年調の『境外堂室・庵室明細帳』(加茂村役場)によると、桁行3間、梁行2間、境内67坪、県庁(当時は高知県)より28里20丁、信徒314人、戸籍に「薬師庵」と記載、但し従昔は「堂」と称し、境内地は中村名持ちなどと記録されている。これによると、現在の本堂より少し狭く薬師堂と呼ばれていたことが分かる。現在の庵は、10畳の部屋を幅1mの内縁が巡り、正面の奥に半間の祭壇を設け6体の仏像を安置してある。東向きの出入り口の前に接して、切妻造屋根、トタン葺の炊事場が独立して建てられている。(建坪19.6屐法昭和39年以降4回の修、改築が行われているが、これらのお世話や維持は中村土井の信徒による。

●祭祀仏
本尊の薬師如来立像は、衣を通肩に着て両腕を肩から全て失っているので持物などは分からないが、恐らく多くの薬師像と同じく施無畏印をし薬壷を持っていたのであろう。寄木造り、漆箔、白亳を付け近世以前の制作のように見える。このご本尊を安置した大型の厨子は、組み物など細かく造作した優品である。この他に北の「構庵」の本尊だったらしい弘法大師坐像、聖観音菩薩などがあるが、傷みが激しい。

●環境
加茂地区で唯一の地神塔を祀る「加茂農村公園」から、約200mほど西の農免道路の直下、石碑やお地蔵さんなどが境内に立ち並ぶ。このお地蔵さんは享保9年(1724)の年代が刻まれ、町内でも最古に属しており、本庵の創建もその頃になるかも知れない。

行事

毎年1月に管理寺である福性寺の住職を迎えてお祀りをしているが、戦前までは多くの参詣人で賑わった。







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改築前の名称中村薬師庵
現在の名称中村薬師庵
所在地徳島県三好郡東みよし町加茂4168
現在の建物面積37.20平方メートル
祭祀仏
(像高(cm)/種別/材質/年代/西暦/備考)
薬師如来立像/48.0cm/本/木/不詳/不詳/
弘法大師坐像/25.0cm/合/木/不詳/不詳/
観音菩薩立像/40.0cm/合/木/不詳/不詳/
不動明王坐像/15.0cm/合/木/不詳/不詳/
弘法大師坐像/34.0cm/合/木/不詳/不詳/旧構庵の本尊か



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